日本語教師 転職話

ようこそ!

当ホームページへようこそ。
私はタラチネと言うハンドルネームで活動している、日本語教師について興味がある者です。
仕事にするかはまだ考え中。
実は今は音楽活動をしていて、人生を懸けるかどうか悩み中。
メンバーたちとは毎日話し合っているけど、メジャーデビューを目指すか、今のまま趣味で続けていくか、もしくは解散かで揺れています。

 

自分たちは大学生でもうすぐ卒業。
社会人になることも考えなくてはならない時期です。
もしメジャーデビューを目指すとなったら、本当に人生を懸けて臨まないと無理でしょう。
だからこそ、なかなか結論が出ません…。

 

もし解散となった時のための備えとして、今は日本語教師の就職や転職などについて暇があれば調べている状態。
ネットのアンケートサイトで自腹で集めた日本語教師の転職についての経験談をいくつか紹介します。

主人の海外転勤によりベトナムへ そこで日本語教育能力検定を取得

現在32歳の女性です。
4年前に主人が海外転勤になり、結婚式場での司会の仕事を辞めてベトナムについてきました。
一度、海外転勤の経験がおありの方はご存知かと思いますが、現地には日本語教師のボランティアが多数あります。
ボランティアなので、もちろん条件がない分お給料はありません。
実際、海外転勤で帯同できている奥様達は就労ビザがないので、働いていない方が多いです。
最初は、仕事を辞めてのんびりできる事に楽しさを感じていました。
しかし、元々はバリバリ働いて主人と同等の給料を稼いでいたので、毎日ランチをして日本人の方と会話をするだけの毎日に飽きてきました。

 

そこで、日本語教師になる事を決意しました。
ボランティアではなく、正式な日本語教師としてです。
日本語教師になるには、大体どこの会社でも3つの条件があります。
@大学で主専攻もしくは副専攻の日本語教育科目を履修し、卒業している事
A日本語教師養成講座において420時間以上の教育を受けている事
B日本語教育能力検定試験に合格していること
このどれか1つでも当てはまればという条件です。
嬉しい事に、この条件があれば就労ビザを日本語教師として就職する会社が取ってくれ、それ以外にも住宅補助や、年に1回の航空券支給などの条件が付いている募集がほとんど。
毎日の暇な時間を使って半年勉強し、一時帰国のタイミングで試験を受け日本語教育能力検定試験を取得しました。

 

また、駐在妻の方達が働かない理由の多くに、旦那さんの会社が奥さんの就労を禁止している、もしくは奥さんの手当てが働く金額とほぼ同額上乗せされているので、わざわざ働きに出ても何のプラスにもならないということがあります。
そういう方達は、自宅でみっちり勉強して資格のみ取って今後に生かす方も多いです。
主人の会社に相談した所、ビザを自分達でどうにかしてくれるなら働く自体はオッケーで、扶養からは外れる事になり私の分の上乗せ手当ては無くなるとのことでした。
総合すると、毎月仮に15万の給料を貰ったくらいではあんまり意味がない事に気が付きました。

 

それで、次はビザが必要ないオンライン英会話の仕事を探しました。
実際にどこかに働きに行くのではなく自宅からパソコンのスカイプを使って授業を行うものです。
しかしとても給料が安くこれも断念しました。

 

結局、日本国内での募集を見る事になり、ここにも嬉しい発見がありました。
資格さえ持っていれば、日本に帰国した際にいつからでも日本語教師として働けます。
それに日本はやっぱり給料が高いです。
関東だと28万前後の給料である募集が多数出ていました。

 

その後、帰国してすぐに応募して受かりました。
資格もあったし海外経験もあったので、一発合格。
この仕事だったら、年齢に関係なく長く働けますし、何より凄く楽しいです!
私の所は授業は一コマ45分で生徒は約5人位のクラス。
テキストにそって教えて行くだけなので、とても簡単です。
外国人の方って本当に希望に満ち溢れていて、よく話し笑う人が多いので、いつも元気を分けて貰っています。
また、小さな疑問でもすぐにぶつけてきます。
以前、「私は、と、私が」の違いは何ですか?と聞かれ、答える事が出来ませんでした。
そういう日本人は感じないような疑問を言われるので新たな発見があり、日々勉強になる仕事です。

日本語教師経験者ならばどんな業種でも成功できるかも

現在47歳になる既婚者の女性です。
私は過去に日本語教師の仕事をしていました。
もともと日本語教師になりたいと思ったきっかけは、特に学生時代には目標や本当に学びたいと思う事を見つけられなかったため、社会人になっても毎日何となく働いていると言う感じで、そんな時に特別な資格を取得していないくても、日本語教師養成講座420時間コースを修了していれば教師として働くことが出来る、日本語教師に興味を持ったから。

 

420時間の講座終了後は講師として、民間の日本語学校で働く事になりました。
当初は物凄く新鮮な職場に情熱とやる気を持っていました。
しかし、段々とその生活にも慣れてきた頃にこのままで良いのかな?と言う気持ちと、せっかく日本語教師になれたんだからと言う気持ちで揺れいく自分がいました。
まず、これで良いのかな?と思う気持ちは、日本語教師の給与面は他業種と比べるとそんなに高いとは言えません。
当時は同じ年代の主婦兼パートタイマーで働く友人よりも若干私の方が稼いでいると言う程度の給与待遇でした。
給与面は人それぞれなので一概には言えませんが私の場合は楽な生活と言う感じはありません。
お金の面だけを考えると転職したいな?と言う気持ちが沸きました。

 

また私に転職しようかな?と言う気持ちにさせる様に背中を押したのは、日本語教師として短期間でも働けたという自信でした。
その自信は、社会人になり420時間の講座を修了できたこと。
ある程度の年齢に差し掛かり、日本語教師にチャレンジしてみようと思えた気持ち。
そして、多国籍の人たちの出会いと、その人たちと過ごせた時間と自分に対して大きな自信を持てたのです。

 

私は日本語教師として働いていたということがその後、転職をするにあたり、様々な国や性格、年齢の人と関われたことで、この先はどんな仕事でも楽にこなせるのではないか?と考えました。
実際に私の知っている元日本語教師の方も、転職をしてとても成功を納めたのを近くで見てきました。
もともと人と関わることが好きだった私は接客業をやりたいと言う気持ちが漠然と沸き立ったのです。

 

接客業をしたいと考えた私は飲食店か衣料品の販売などを考えました。
その時にたまたま知人より、レディスの洋服の販売員の求人があると紹介されました。
研修時の3ヶ月は決して高いとは言えないお給料でしたが、その後は正規雇用になり、私は洋服の販売員として転職を果たすことができました。
お客様と接することは、日本語教師として生徒と接する事にどこか似ている様に感じる事がありました。
個人的な見解ですが、日本語教師の経験者はどんな業種でも比較的すっと溶け込んでいくことが出来る様な気がしています。
またいつか他の業種に転職することになったとしても、自信を持って飛び込んでいけそうです。

インドネシアから国内で再就職した私の日本語教師の体験談

今から約6年前、インドネシアで日本語教師として働いていました。
海外ボランティアをしていた友人の紹介で、主に地方の子供たちに教えていたのですが、給料が少なすぎて2年ほどで生活に支障が出ました。
インドネシアは物価が安いので暮らしていけないことはありませんが、日本に帰ってからの生活費や再就職を考えると2年間が限界だったのです。

 

永住するつもりで挑んだ日本語教師という職も、ほとんどボランティアのような感じになり、生活水準はかなり低めで辛かったですね。
このままではいけないと思い、国内に戻った私は日本語教師資格を活かせる職に就くため、転職活動をスタートしました。
大学講師の経験が豊富だとか博士号をとっているような場合でない限り、私のようなアジア圏で数年教えていただけの経験では、エリート転職は難しいものでした。
求人を探してもコレといった職が見つからず、日本語教師の資格にこだらわらない方向性を模索していた頃、ようやく国内の民間学校の求人を見つけたのです。
アジア圏内の留学生を相手に日本語を教えるという仕事内容で、私にぴったりだと考え、意を決して求人に応募しました。
途上国での経験をアピールしたところ要件に合っているということで即採用となり、長く辛かった転職活動もやっとおしまい。
しかし、本当に厳しいのはその後で、留学生ならそれなりの知識があるという先入観が打ち砕かれました。
学力の低さと日本文化への抵抗と戸惑い、それから授業時間にルーズという、授業以前の問題に直面させられたのです。
欧米のほうでは時間厳守がモットーという意識が強いのですが、アジア諸国ではそのような認識が薄い傾向にあり、かつてインドネシアで教えていた頃よりも苦難を感じるようになったのです。
ですから、読み書きのテスト作成、授業カリキュラムの考案はもちろんですが、それ以前に時間を守るルール規制の強化に取り組むことになりました。
英語で授業を進める中で生徒の英語力が伴わないこともあり、日本語変換についての根本的な基礎知識すらない状態ですから、とても荷が重いと感じました。
正直言って「この人はなぜ日本語を学びたいのか?その気持ちは本当にあるのか?」と疑問を感じることも多く、モチベーションをキープするのは大変苦労したものです。
さらに、インドネシアよりはマシでも日本国内の日本語教師の職は給料が安いことにも気がつきました。
徹夜でテスト作成したり、授業研究のレポートをつけたりして、大量の仕事に追われるわりには年収200万円以下で、生活費を稼ぐので精一杯。
結婚を機にこの職を辞めて、今では友人が勤務している日本語学校の子供たちと、スカイプで話したりするレクリエーション活動に参加する程度になりました。
この経験で私が感じたことは、日本のサブカルチャーが浸透して「正しい日本語」が伝わりにくくなっている現状だということです。

「カワイイ」「ダイスキ」などのカナで、日本語を理解しようとする若年層が留学生にもいます。
なので、真の教育をするなら意識の根底から覆さないといけないので大変だと思いました。

日本語教師から全く違う仕事をするように

私は学生の頃、英語を習っていましたし会話もすることが出来ました。
その関係もあってか、英語圏から転校生が来ると自分が通訳のようにもなりましたし、日本語を教えることもありました。
それは全く苦痛ではなく、むしろ楽しかったし転校生とも仲良くなれて嬉しさも覚えていたくらいです。
ですので、こういう仕事に就きたいと考えました。

 

好きなことを仕事にするのは幸せなことだと、親からは聞かされて育ってきました。
両親共働きなのですが、2人とも自分の好きなことを仕事にしたのです。
見ていて凄く充実しているようだったので、自分もそうなれたらいいな思いしっかり勉強して日本語教育能力検定試験を受け、日本語教師になりました。
最初は確かに大変でしたし苦労もありましたが、生徒がみんな真剣で、胸が熱くなることが何度もありました。
しかし、ほんの数年で辞めてしまいました。
職場が嫌だったのです。
体力的精神的ともにかなり過酷で、何度も潰れかけました。

 

一応言っておくと、生徒はみんないい人たちでした。
辞めないで続けたいとも思いましたが、このまま辞めなければ、もっと大変なことになると思い耐えられませんでした。
同じ仕事のまま別の職場に行けば良かったのではと思われるかもしれませんが、全く違う仕事をしようと思っていました。
友人に相談したところ、人が欲しいと言っているという職場を紹介してもらいました。
日本語教師とは全く違う事務仕事でしたが、だからこそやりたいと思えました。

 

もしかしたら自分は心のどこかで、変化を求めていたのかもしれません。
全く違う仕事なわけですから、大変なことは多かったです。
ですが、前職が役立ったこともありました。
それは、生徒にものを教えるという仕事をしていたからなのかもしれませんが、人の顔と名前を覚える、そして覚え続けるのが得意だったということ。
〇〇さんが覚えてくれているから助かると言われたときは、本当に嬉しかった。
職場も良い雰囲気で、転職して本当に良かった。
紹介してくれた友人と受け入れてくれた職場の人に感謝です。

 

一時はどうなるかと思いましたし、この決断が正しかったのか不安しかありませんでした。
失敗だったらどうしようと思い、眠れない日もありました。
ですが、分からないことを聞いても職場の人は優しく教えてくれましたし、変なパワハラとかもなく、凄く自分に合っていると感じました。
今現在はどうなっているかというと、仕事は続けていますし、やりがいも見つけられています。
しかも、この仕事を通じて出会った人と結婚し、子供もいます。
本当に幸せいっぱいです。
日本語教師自体は好きでしたが、今でも続けていたら妻とも会えていませんでしたし、子供もいたか分かりません。
今の仕事に転職して本当に良かったです。
人生が充実していると感じています。

海外での日本語教師の楽しみと苦労

30代の専業主婦です。
もともと高校の英語教師でしたが、留学生にも授業をする経験をして、日本語を教える仕事に興味を持つようになりました。
大学の時に日本語を教える授業を履修していたこともあったので、結婚した後は通信で資格を取りました。
ちょうど結婚した後しばらくしてから海外に住む予定だったので、早いうちに資格を取れたことはとても良かったと思っています。
日本は世界的には小さな国ですが、日本語には意外と需要があります。
アニメや漫画の影響もあり、日本語を学びたいと思っている外国人は増えているようだったので、その人たちに貢献したいと思い続けていました。

 

転職のためにしたことは特にありません。
海外に住み、日本語学校を探しましたが、資格があるので採用までの道のりはあまり難しくなかったです。
海外の場合は資格を問わない場合もあるので、資格があること自体が強みになります。
また、英語教師だったという経歴も良かったと思います。
このような仕事は実務経験重視のところがありますので、もともと教員だったということは非常に良かったのでしょう。

 

もちろん海外での日本語教師は、打ち合わせ等は現地の言語の可能性があるため、現地の言語、あるいは英語が話せなければ大変です。
日本での日本語教師は特に外国語が分からなくても問題がありませんが、海外での日本語教師には日本語以外の言語能力が求められます。
現地の言葉を話せれば良いですが、英語の場合は(その国が英語圏でない限り)皆が英語を第二言語として話しますし、中には英語がそこまで上手ではない人もいるため、意思疎通が大変なことも。
また、日本での日本語教師は教える対象が様々な国から来た留学生で、彼らの共通語が日本語の場合もあるため、生徒たちの会話を理解することが比較的容易ですが、外国では日本語を学ぶ学生は多くの場合、その国の学生ですので、共通語はその国の言語になります。
そのため現地の言語が分からないと学生の話についていけないこともあります。
またその分、学生たちに日本語をしゃべらせる努力が必要になります。

 

そうとは言え、学生たちは非常にかわいいです。
外国人が自分の国の言語を一生懸命学ぼうとしている姿は非常に感動的であり、また、ひらがな・カタカナ・漢字を一生懸命覚えようとする学生を見ていると、自分も頑張らなければ!という気持ちになれます。
そもそもひらがな・カタカナ・漢字と3種類の文字を覚えなければならない中で一生懸命努力し、間違えながらも向上しようとする学生の姿は素晴らしいです。
たまに質問が奇想天外すぎて分からないこともありますが、どんどん質問をしてくるのでこちらも勉強しなければ、という気持ちになります。
また、日本人には当たり前の日本語のルールでも、外国人が見ると意外な質問もあるようで、常に新しい発見があります。

 

どの教科であれ、教員生活は日々勉強です。
向上心のある学生のために、私も日々努力を続けていきたいものです。